前回は、人生の波がすべて双極性障害だったという悟りを文字にしました。
今回は、双極性障害の辛さを当事者視点でご紹介できたらと思います。
辛い思いをしている方には共感をお届けできたら嬉しいです。
鬱の辛さ、躁の辛さに分けて書いていこうと思います。
慰めの言葉は、「価値観の押し付けをしない」という私のポリシーに反するので書かずに事実だけを書きます。
次回の記事では、一時的かもしれませんが、症状を抑えるきっかけになった出来事や行動を次回の記事では書いていこうとおもいます。
双極性障害、鬱の辛さ
適応障害やうつ病を罹患した方は知っているであろう辛さです。
世の中で言われている、胸が空っぽになる、胸が詰まる、身体が重たい、胸の中がずーんとする、消えてしまいたい気持ちになる、脳みそに靄がかかる。
とにかく頭が悪くなる。
これらは、本当に感じます。
朝、目が覚めると胸の中がずーんと重たくて、言葉を発するとすれば「あ、鬱だ。うごけない、動きたくない、何もしたくない、終わりにしたい」。
「やまない雨は無い」なんて聞き飽きた言葉がありますが、この時の胸の重さは雨どころではありません。
重たい土石流に巻き込まれて生き埋めになっているという方が近しい表現だと思います。
耐えていれば雨がやむとかいうレベルではありません。
歌の歌詞に有りそうな「世界が色を失った」この感覚もあります。
空が青いことはわかるし、夕焼けが赤かったり紫色なことはわかります。
だけど、それを清々しいとか美しいと思えないのです。
世界の色に対する感動を一切失います。
うつの時に感じる(今もちょくちょく)ことは「昼間だ。みんなはこの時間働いてお金を稼いでいるのに自分は何をしてるんだろう。外に出るといいらしいけど、不審者になっちゃう」「もう夕方か。今日も何もできなかった。私は何のために生きているんだろう」。
これが鬱の時に青い空を夕焼けを見て真っ先に感じることです。
あらゆることを考えに考え、考え続けると「人生を終わりにするのが一番効率がいい。これは精神という部分の疾患による寿命なのだ」と感じます。
極端だと思われるかもしれませんが、鬱の時の私にとっては、修行の末に悟りを開いたお釈迦様なみに正しい悟りだと思ったのです。
そうなるとその時に受けた浅い慰めは何一つ嬉しく無いのです。
「臓器が傷つくなどして命を失う病は最後は見送るしか無いのに、どうして心が傷ついて命を失う時は見送ってくれないのか」
この考えが止まりません。
とはいえ、私の場合は慰めの言葉にほんの少し救われることも0ではありませんでした。
何を読むかでいうと、まずは紙の出版社よりも自由なことを書けるweb媒体で探すと当事者が深い悩みの末に書いてくれたことが転がっていたります。
kindle unmilitedではスマホでさまざまな本が読めます。
紙の本よりもページが少なくて文章も柔らかくてすらすら読めるものや、漫画もあります。

鬱が重い時には無理して読む必要は無くて「誰かの言葉を見たい」そう思えた時に無料体験期間で読んでみるのもいいと思います。
鬱が重い時は人の言葉を聞きたく無いし、慰めなんて言われたく無い。
これが正しいのか誤っているのかはわかりませんが、本当にこの考えに支配されます。
焦りから資格などの勉強を始めてみると、驚くくらい頭に入らないし計算も全然できません。
スマホが手元にあれば、SNSや掲示板や動画をずーーーっと見てしまいます。
罪悪感で鬱を感じながら、夜まで。
それらを見続けて目に入る情報といえば、99.9%くらいはネガティブか劣等感を刺激するものばかりです。
ですが、体と心がずーんっと重くてもできる娯楽はそれらくらいしかありません。
脳みそにもやがかかり、本のような長文の活字を理解して読むことはできません。
刺激的な情報に依存し、情報を過食して更につらくなります。
鬱を人にカミングアウトすることは勇気がいります。
親しい友達に言ってどんな反応をされるかわからないし、鬱でもプライドはあるのでカミングアウトは想像以上に労力を使います。
でも、カミングアウトをしなければ元気な人のペースに鬱の状態で行かなければなりません。
感動や価値観を共有しなければという焦りが鬱を加速させます。
AmazonPrimeVideo等で見ることのできる映画「ジョーカー」を知っていますか?
本作の主人公アーサーも精神疾患を抱えています。
そんな彼はノートに気持ちを書き出すシーンが度々出てきます。
私も鬱で辛い時は同じことをするので、痛いほど、恥ずかしいほどに共感できる。
その中でも強く共感したのは、
「精神疾患を抱えて最悪なことは、周囲の人間に対し精神疾患など抱えていないかのように振る舞わねばならないことだ」

同情や好奇の目がとにかく辛いということには強く共感した。
鬱を経験した人ならば、頭ではなく心で理解できてしまう。
アーサーの生きづらさが鼓動に共鳴するほど伝わってくる。
私は精神疾患の障害者手帳を持っていますが、割引を使う時にはやはり少しの勇気が入ります。
同情や好奇の目がつらいから。
と色々書きました。
感じた症状も、考えていた生死感も全ては実際に感じていた事実です。
とはいえ、これらが間違っているだとか、あなたには味方がいるから大丈夫だとか、生きていればいいことがあるとかは言いたく無いのです。
この辛さも含めて私の人格像であり、それを否定されたくないし、消したい考えは自分で決めたいと思っています。
だから似た経験をしている当事者の価値観を奪いたく無いです。
双極性障害、躁の辛さ
躁、ハイなどと呼ばれる状態。
疲れたので続きは後日に

コメント